表紙が格好いいのと、いつもの「大正時代が舞台かぁー!」な大正欲が目覚めたので、手に取ってみた一冊。でも読み進めて行くとそこまで大正時代っぽくはなくて、一昔前の古き良き時代風景っぽい雰囲気漂うテイストでした。(でもまあ、大正時代を謳いつつ現代の雰囲気しか感じない作品よりは大正の雰囲気があったと思う)
この話の根底にあるものは私にはいまいち理解できなかったんだけど、それを差し引いても、犯人が誰か検討もつかない状態から次々と事件が起こり、最後にそれらの事件が一点に綺麗に集約されていく様子は素敵でした。
無政府主義者達の陰謀に巻き込まれたと思いきや、ふたを開けてみれば、個々の事情により犯人になりたがっている人物達が起こした事件だったっていうのが、「あ。なるほど?!」となるの、いいよね……。
特に時代が大正時代で、今の現代社会におけるDNA鑑定ができない時代だからこそのトリックがいい。
不審な会話を聞いていた峯子ちゃんや探偵役になっていた蓮野が襲われた経緯を「なんか良くない物を聞いたのかな?」って思わせておいて、実際は「ふたりの血液型が被害者と同じだから、偽の殺人現場を作るのに使いたくて襲った」なんて、現代が舞台のミステリーだと使えないじゃん!
舞台が現代じゃないミステリーを読むときは、脳みそを作品当時の知識に調整する必要があるっていうのは、伊吹亜門さんの作品(「雨と短銃」・「刀と傘」)で重々理解してたけど、その認識を再確認してました。
現代社会だったらDND鑑定があるなら、偽の殺人現場を作ろうと思えば被害者本人の血液がいる。
だけど大正時代はそこまで科学が発達していないから、血液型さえ合っていればある程度ごまかせるので、別の人間の血液型でもいい。(その結果、事件に間接的に関わっていたふたりが狙われ、事件が複雑化していくというおまけ付き!)
この発想、いいなぁー……。
時代ものミステリーの「この時代だからこそできるミステリー(現代科学が発展した結果、使えなくなったトリックを思う存分披露できる)」って、最高じゃないですかね。
今回はそこに「容疑者全員が犯人になりたい動機がある」も加わって、ぐちゃぐちゃの展開になっていたのが、最後に綺麗な一本の糸になるところまで様式美。
正直言うとこの話に出てくる「無政府主義」はよく分からなかったので(作中では政府がとても警戒している思想って扱いなのかな?)、ハルカワさんの演説も「んー……? どういう……?? ん??」って感じで聞き流していたんですが、それを差し引いても面白い作品でした。
続き物みたいなので、時間があるときに続きも読んでみたいなぁー。
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