前々から気になっていたので読了。
同姓同名の人間が殺人事件を犯して、その風評被害に苦しむ人達の話……なんだけど。
蓋を開ければ悪辣インターネット。
いやぁー、前回の「名探偵の有害性」も悪辣インターネット社会が垣間見える話だったけど、こっちは更に上、天元突破して上、悪辣で悪質で最低なインターネット社会の底辺を覗いてるような気分になる。
覗いてるというか、汚泥をかき回している気分。
悪臭がめっちゃ漂ってきて、息が詰まる。
犯人だからどんな風に罵ってもいいという風潮。
こいつは叩いてもいいと思ったら、とことん叩いて正義面する風潮。
そしてなにより、自分達は被害者だと思っている(思い込んでる?)人達がどんどん加害者側になっていき、最終的には自分達を追い詰めた加害者達と同じ事をしでかしてしまう気持ち悪さ。
被害者にも加害者にも偏見や思い込みがあって、その思い込みが独りよがりな正義に走らせて、それを傍目から見てる読者の私は「いやいや、君ら。自分達を苦しめてきた人間達と同じ事してるからね?!」って思うんだけど、話の中ではどんどん後戻り出来ない方向へ進んでいく。
特に犯人だと思い込んでいた人物が実は違っていて、同姓同名の別人だった時の衝撃はまさしく、「ほら、被害者だと君達は自分の事を思い込んでいたけど、やってることは加害者とおんなじなんだよ」ってなった。
思い込みで酷い目に遭ってる人達が同じ思い込みで他者に危害を加えていく構図、シュールで皮肉が効いてるけど、笑えないんだよなぁー……。(いや読んでる時は「やっぱりそうなるじゃん!」ってなってたけど)
自分を被害者だと思う人間達(それ故に何をしてもいいと思っている傲慢さ)が、やたら気持ち悪い。
この気持ち悪さって「恋とか愛とかやさしさなら」に出てきた婚約者のお姉ちゃんとも被るんだよな。自分が一回傷ついて嫌な思いをしたなら、自分はその嫌な思いをさせた奴に類似する奴をみんな傷つけて良いんだと思うような(傷つけているという自覚すらなく他者を攻撃できる悪質さ)気持ち悪さなんだよなぁ……。
安全地帯から石を投げる人間の多いこと、そして石を投げられた人間も違う誰かに石を投げてしまう気持ち悪さ。投げている事に気づかない気持ち悪さ。
この気持ち悪さから逃れようと思ったら、それこそ過度に被害者面をしない(この話でいうなら自分の身に降りかかる悲劇を「全部犯人と同じ名前だから悪いんだ」と思わない)って事なんだろうけど、被害者面って楽だもんな……。
なんか誰も救われない話だった。
というわけで、「同姓同名/下村敦史」の感想でした。
とりあえず、SNSで誹謗中傷を繰り広げてる人はこの本を読んだらいいんじゃないだろうか。
多分血の気が引く思いで目が覚めると思う。
では、次の一冊でまた。
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