不幸が出発点の幸福に救いはないのか?
そういう話なのかな? と思う。
とりあえず、twitterでとりあげられている宗教二世の苦悩を描いた作品というのは、この本の一部分の話で、この話に私が感じたのは“不幸の中にも幸せがあって、でも幸せがあるから不幸が寄ってこないということもない”っていう感覚。
この物語に登場する語り手のふたりは、共に宗教二世なわけで。
だからふたりが物語中に辿る不幸な出来事は、確かに宗教が絡んでなければ起こらなかったかもしれないことで。
でも宗教二世じゃなかったら、ふたりはあの時出会ってなくて。
でもここまで書いちゃうと、「じゃあ、ふたりが出会うためにこの出発点の不幸は必然だったの?」とか「なんか宗教二世を肯定してるみたい」とか、もやもやした気持ちになるんだけど、このあたりの「人生って色々あるけど、好きな人に出会えたっていいよね……」っていう気持ちがこの本で感じたことなんだわ。
いやぁー、でも、この本って難しいな……。
いま世間でネガティブな意味合いで話題になってる宗教二世をテーマに据えるなら、主人公のふたりは、不幸にならなくちゃいけない気がする。
まあ実際、主人公の一人は大臣を殺して塀の中だし、もうひとりは告発本を出して、今後どうなるかは分からない。この本を読み終わった時点ではふたりが結ばれて幸せになったかは想像するしかなくて、不幸といえば不幸。
でも宗教二世っていう、ある意味固定概念(彼らは不幸で気の毒な存在でなくちゃいけない)を取っ払って、ふたりを見るとどうなんだろ。
たった数回しか会っていないけど、お互いに寄り添って心の支えにして生きてきた。そういう相手に出会えたのって、やっぱり幸運だと思う。この幸運をもたらした先が、宗教に関係する場所だったとしてもふたりが幸せなことには変わりないし、やっぱり読んでいて「これって、宗教二世の話っていうよりは、苦悩の中で互いを思う男女の話だよね……?」ってなる。
とりあえず、色々書いたんですが。
私が思うのは、この本を「宗教二世絡みのお話」で終わらせるのは、もったいないな! ってこと。
あと、この本が存在するそのものが、ふたりが最終的にハッピーエンドを迎えたってことなのだと信じたい(モキュメンタリー風に考えるなら、主人公の一人が書いた手記と、もうひとりの主人公が書いた小説が一冊にまとめられて刊行されているのだから、ふたりは結ばれた(少なくとも一緒に歩いて行くことを決めた)って事にならないかな?)
というわけで、「暁星/湊かなえ」の感想でした。
それでは、次の一冊でまた!
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