人生で、エッセイ2冊目!
ただ2冊読んでも結局、「エッセイってどうやって読むんだっけ?」という疑問に行き当たってしまって、首を傾げながら読んでました。エッセイ2冊目です。
いやぁー、エッセイって難しいなぁー。
読む姿勢がね、分からないんですよ。
なんか、最初の最初で躓いてる感じ。
小説であれば、そこから感じ取った事を書けばいいし。
自己啓発本や実用書なら、役に立った部分を書けばいいし。
小説における、あの「とりあえず読み進めて、感じたままを感想文に書けばよろしい」って空気感、最強だと思う。
そうなってくるとエッセイって、着色された生きてる人生なわけだけど、その人生を読んでなにかを学習すればいいんだろうか。それとも、人の人生を垣間見るようなドキドキ感を味わえばいいんだろうか。エッセイってそもそも、こういう感想文には合わない気がするんだよなぁー、といいつつ読んだからには感想を書く。
エッセイというものから感じる、「特別な人間しか書いちゃいけないジャンル」という空気感が私には苦手なんだろうか。
この本の中にあるキラキラが自分にはないよなぁー、とか。
こんな風な人生を、私は送ってないなぁーとか。
物語の場合は、創作物というフィルターが入るので鈍くなっている、羨ましさや憧憬みたいなものが、エッセイでは純度100%で突きつけられる感じ?
楽しいもの、面白いものにしようと考える以上、人生の中にある楽しさの上澄みを抽出するのは当たり前なんだと思うけど、エッセイという形になった瞬間に「あー。この本を出している人の人生は、きっと私よりも充実してるんだろうなぁー。本にできるぐらいに色んな出来事がある人生って、いいなぁー」と思ってしまう、不平不満。
この本には乗っていない何かが、人生にあるのは分かってる。
でも、なんか……、釈然としない。
つまり、私の人生ってこういうエッセイにするほどの価値もないのか。とか。
いやいや、そういうことを言われてるわけじゃないのに、これはいわゆる被害妄想ってやつですよ。
特別な人が出す特別な本。これが小説とかなら、書いてる人は特別じゃないかもとか思っちゃうんだけど、自分の日常を切り取って文章に出来てる時点で、なんかめっちゃ上澄みに思えるんですけどね……? なんでですかね。これ。
エッセイ2冊目で、くどうれいんさんの本も2冊目で……、まあ、思うんですけど。
私はまだ、エッセイの読み方を知らない。
っていうか、純粋にくどうれいんさんの本との相性が悪いだけかも?
他のエッセイも読んでみるか……。(読んでいくうちに結局「エッセイって私には合わないなぁー、ははは!」となって、自己啓発本みたいに読まない本リストに入るのも、それはそれで面白そうな気がするし)
というわけで、「コーヒーにミルクを入れるような愛/くどう れいん」の感想でした。
それでは、次の一冊でまた!
花邑がオススメする、次の一冊!
エッセイではないけど、それっぽく読める掌編が詰め込まれた小説です。
読みました! エッセイ第一弾!
気楽に読めるあたたかい短編小説です。

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