読み終わった後の、しっくりと来ない気持ち。
このっくりとこないというのは、つまらないとかそういうのではなくて、「え。ここで終わるの?」という感じというか。
侵略する側とされる側の話で。
侵略する側にも人間がいて、される側の地球にはたくさんの人がいて、たくさん人が死んでいて。
する側の人間が寝返れば地球は救われるかもしれないけど(実際はそんな簡単な話ではなかったけど)、その人間は死んでしまうかもしれないっていう展開で、うまく利用できないかと画策してみたり。
される側の人間たちも研究したり戦ったり、時には内輪もめしたり。
最終的には侵略される側が、勝つんだけど。
それをハッピーエンドと呼ぶには、なんというか、苦々しい。
いや、される側もめっちゃ頑張ってたし。
そのまま滅ぼされて終わりって展開だったら、「めっちゃ後味悪いじゃん!」となるので、される側が新兵器を作ったり攻略したりして、する側を倒すのが王道展開なんだけど。
でも読み終わって、「うわぁー。楽しかった!」ってなるには、読者(というか私)は、侵略する側(正確にいうと侵略する側の体内にいた無傷の人間)の事情を知りすぎている。
人口でいうと、億と一なんだけど。
でも、億の人たちの暮らしを守るために、一を犠牲にするという当たり前の決断が、こうも苦い。
でも犠牲にしないと人類が滅びるし。
滅びたくないし、悪あがきしたいし、生きてるし。
生きてるっていうのは、どっちの陣営も一緒だし。
ここで、私の中で堂々巡りが発生する。
正義はどっちにあるんだろうか? なんて思っちゃう。
最大多数の最大幸福なら、たった一人の人間の幸福をぶち壊して人類を救うのは、とっても正しい。
でも、そのたった一人の人間の幸福をぶち壊したってことを、誰が背負うんだろ。(もしくは背負わなくていい。だってこれは生きるための戦いなんだから、ってことなんだろうか?)
幸福を奪われたたった一人のことを思うと、すごく切なくなるけど。
でもそんなの、その一人の幸福のために他の人類全員を犠牲にするの? ってなると、そんなのは違うだろうし。
やっぱりこの話、堂々巡りなんですよねぇ。
多分、タイトルと「人類が滅びかけるよ!」っていう触れ込みから、「なんかやべぇ感じの生き物に人類が滅ぼされる話なのかな?!」と思って読み始めたのが、いろいろと齟齬のはじまりだったような気がする。
この話は、幸福が対立した話なのだと思います。
というわけで、「滅びの園/恒川光太郎」の感想でした。
それでは、次の一冊でまた!
花邑がオススメする、次の一冊!
⇒人類は滅亡することが決定しました。その上で、滅び行く種はなにを残しますか? という壮大な物語です。
⇒読んでいくうちに、「あ。この話の中に出てくる人類は、滅びるんじゃないかな」という気持ちになる小説。
⇒人類滅亡とは違いますが、死生観ががらっと変わる本です。怖いというよりも不気味な小説。
