中盤からがぜん面白くなっていく本との付き合い方を模索してみる。
この本が、まさしくそれ。
序盤が漠然とした読みにくさに包まれていて、もしかすると序盤のシーンがいきなり人を斬殺するところから始まるからかもしれないけど、私がまず感じたのは「あ。なんか読みにくそう」だった。
とにかく情報量が多い。
二・二六事件の話なので、登場人物は全員日本人名だし、それぞれ階級はあるし、そこに個々人の事情も丁寧に描写されているので、「お、覚えることが多すぎる……!!」と怯む。
そんな感じで怯み続けた結果、2回挫折して違う本を読み始めたりしたんですが……、今回、3回目にしてようやく読了。
とりあえず、序盤を乗り越えるとどうにかなりました。
というか、序盤が終わればすっごく面白くなるのよ、この話。
うん。序盤を乗り越えるとね……、人が死んでいくんだわ。
序盤のシーンで人を殺すキャラに関しては、風の噂程度でその後の話が出てくるけど、ほぼまったく登場しないし、そのキャラを唆したような人も死ぬし。
序盤が終わるとある程度登場人物が整理されて、読みやすくなる。
そしてなにより、この作者さん、事件のヒントを出すのが上手なんですよね……!
最初は軍の内部で起こった殺傷事件に関わった人達を調べていくんだけど、主人公の浪越の前に現れる死体の山。
で、その死体の山を調査していくと、どんどん増えていく謎。
謎も序盤と違って小出しにされていくので、分かりやすい。
そして謎も掻き分けていくと、ついに広がる意外な光景。
私はこの意外な光景というか、「え。ここに辿り着くんだ?!」っていうのが、凄く好み。
二・二六事件のことはあまりよく知らないんですが、私はざっくりと軍の中の話だと思っていて。
なのでこの本も軍の中での権力争いやそういう類いの、大義名分やお国のためとか、崇高な理念(と本人達が思っている)もので語られる話だと思ってたんですよ。
でも蓋を開けると、どっぷり、個人の私情。
このギャップにクラクラする。
え、個人の私情なの。てっきり私の理解が及ばない政治理念とかそっちの話だと思ってた……。
むしろ軍内の派閥? 権力闘争? そんなの全部どうでもいいと言わんばかりの、個人の私情。恨み辛みがたくさん。
その私情にも軍のあれこれが絡みついてはいるけど、でも絡みついているからこそ、この事件を起こさなくてはいけなかった覚悟が滲み出てくる。
いやでも考えてみれば、軍やお国に殉ずるつもりでいる人達はそれでいいかもしれないけど、そんなのどうでもいいって思う人もあの時代にはいたよね。そして、そういう軍や国以上に大切にしたいものを見つけてしまった人間達を踏みにじってきたのが、戦前なのかも。
そして個人の私情で繰り広げられた事件を最後に彩るのが、軍靴の音。
軍っていう一般人には到底理解できない部分での事件だと思ったら、一般人でも理解できてしまう身近な感情にまみれた犯人の動機がお出しされて、その動機の更に先へと進んでいったら、最後には軍靴の音が聞こえてくるの、きれいだなって思った。
きれいで、残酷。
人の思いや願いや悲しみや、そういうのを踏みつけて、時代はどんどん流れていく。
ラストが決まっている(歴史上起こった事件を取り扱う以上、決して変わらない結末)作品だからこその、歴史の波のようなものを感じてゾクゾクしていました。
だってもっと考えるなら、この話の後には太平洋戦争があるわけで。
この話もハッピーエンドではなかったし、歴史を辿ってもハッピーエンドではないし、いやそもそも歴史にハッピーエンドなんてあるのかなって考えてしまう。
うん。この話、結構好きだな。
というわけで、「路地裏の二・二六/伊吹亜門」の感想でした。
実はこの話、作者さんの別の本で主役をしているキャラもゲストキャラで登場したりするんですよねぇー。
そしてこの話の主人公である浪越さん自体も別の作品で出ているらしいので、そっちも読んでみたいと思っています。
それでは、次の一冊でまた!
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